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感想「アメリカン・フィクション」

今年のオスカーにもノミネートされている
「アメリカン・フィクション」が劇場未公開のまま
アマゾンプライムビデオの見放題で昨日から
始まりました。配信覇権争いからか、劇場で
掛からないのは残念ですがオスカー発表前に
鑑賞できたことは有難かったです。
作品賞、主演男優賞、助演男優賞、脚色賞、作曲賞に
ノミネートされています。
早速、鑑賞しましたが
「作家」と「モノづくり」と
「ビジネス」と「家族」にまつわる話で
身につまされました。
作家活動をしている人でこの話が
自分と全く関係ない人はいないと思います。
自分が作りたいものと
実際に売れるものとの違い。
黒人小説家の中年男性主人公は
文芸作品を書こうと作家活動を続けてきた。
そこそこ出版はしてきたがこれというヒット作は
これまで、そして今後も無さそう。
ここで主人公は覆面作家として
大衆向けの作品に仕上げて発表した。
それは、ある黒人の人生を
カリカチュアライズして
暴力にまみれたギャングの
自伝小説として書いてみたところ
その作品が「リアルだ!」と大衆だけでなく
評論家からも高評価を受けて
受賞やら映画化されてしまいます。
これまでアメリカ映画では黒人は
被差別的・暴力的に描かれてきましたが
今では黒人の社会的立場も向上し
黒人も白人も社会的立場では
上下関係が無くなりつつあります。
今作は映画において黒人が自分たちへの
差別をテーマに描くことが
次第に困難になるかもしれないという
ある意味での警鐘を鳴らす作品でもありました。
映画のネタとしての黒人差別の描き方も
アップデートされるべき時が来たということでしょう。




# by teruiso | 2024-02-28 11:06 | 観た映画(展覧会や漫画なども)

2023年映画ランキングの感想

1月1日に2023年昨年の映画ランキングを
このブログで発表してすっかりその総括を
し忘れていました。
すでに「哀れなるものたち」という
トンデモ映画を1月に観てしまい
すっかり映画的気持ちを乱されています。
「哀れなるものたち」の世間の反響は
ただ事ではなかった。
私個人的にはヨルゴス・ランティモス監督は
「聖なる鹿殺し」が一番好きですが。
そうこうしていると「ボーは怖れている」の
公開が先週2月16日から始まり、
ここで昨年1位だった「オオカミの家」を
思い出すことになりました。
「ボーは怖れている」の劇中劇のパートを
「オオカミの家」を作ったクリストバル・
レオン&ホアキン・コシーニャが
担当しているからです。
①「オオカミの家」には驚かされました。
劇映画というよりヤン・シュヴァンクマイ
エルやクエイ兄弟のストップモーション
アニメーションのアート映画に近いの
ですがランキングに入れるとなると圧倒的で
100点満点で200点取った感じ、
次元が違う作品でした。
これは私自身が学生時代ストップモー
ションアニメーションに強い憧れが
あったことが大きく影響しています。
もちろん大作劇映画では「マッドマ
ックス怒りのデスロード」や
「RRR」など10年に一度のような
傑作がありますが、それらとは別次元でした。
②「パーフェクトデイズ」こちらは
ドイツの巨匠、ヴィム・ヴェンダースが
日本を舞台に撮った映画で基本的には
地に足が付いていますが完全にファン
タジーでリアリティがないです。
しかし、雰囲気やテンポがよく
観ていて気持ちがいい作品でした。
社会の底辺に落ちぶれたたわけではなく、
あえて質素な暮らしを望んでしていると
いう余裕があるじいさんの話。
現実的には底辺に落ちぶれる人が
続出している時代なので
自転車を泥棒するわけでもなく、
こだわりの軽バンに颯爽と乗るじいさんは
ファンタジーであることは間違いないです。
③「イーオー」こちらは人間に飼われる
ために作られた生物ロバが動物保護団体の
善意の圧力でサーカスから連れ出され
野生に放たれてしまったざんねんな話。
このあらすじだけで完全に皮肉たっぷり
のコメディでした。最後にこのロバは
家畜の群れに合流し、そのまま屠殺場に
入って映画は終わりますがその直後に
テロップで「この映画では動物に危害を
加えていません」と出ます。たしかに
映画の撮影では動物は殺されなかったと
しても屠殺場を描いた時点で人類の
都合で動物を食べていることを皮肉っ
ていて、さすがイエジー・スコリモ
フスキ監督でした。
ここまでの3作品には劇中、物語の
推進力となる説明シーンだけではなく
抽象的な表現が多くみられて、
このような絵画的なシーンがあると
鑑賞者も改めて美術的視点から
映像表現を堪能できるので
私的には高評価につながりました。
④「アフターサン」は音楽がツボで
泣けてきました。学生時代、カセット
テープでベストを作った時に
REM「ルージンマイリレイジョン」
からのクイーン「アンダープレッ
シャー」を並べてヘビロテしていて
それが映画の感動シーンでそのまま
の順番で流れた時には本当に
やばかった。
映画自体もこれ見よがしではなく、
でも腕前はしっかり見せるしたた
かな極上品に仕上がっていました。
⑤「ホエール」は娘がいる父親が
その子を贔屓目で見てしまったうえ、
それが確信に変わったら天にも昇る
喜びだということを描いていて
まさに娘に期待して押し付け気味
の私が共感できるところだらけの
作品でした。ダーレン・アロノフ
スキーが「レスラー」「ブラック
スワン」と続く、逃げ場のない
ボロボロになるまで追い込まれた
主人公が最後に覚醒するシリーズ
は気に入っています。
今回のランキングも本当に
良作ばかりでハズレだった感想は
「カーディアンズ3」からの
6作品ぐらいです。
その前の「オオカミ狩り」も
映画を観た直後感想としては
「最高に面白かった!」でしたので
基本的にはアタリ映画ばかりを
観て十分楽しんだ年でした。
ワーストだった「クリード3」の
その理由はアドニス・クリードの
師匠であるロッキーの不在です。
クリードの1作目がなぜ傑作と
なったのか、その理由はロッキー
の存在があったからで、前作まで
に亡くなったわけでもないロッキーを
今回全く出さなかったのは間違い
でした。今回、主要キャストに
なった聴覚障害を持つアドニスの娘が
後に「ケイコ目を澄まして」ばりの
ボクサーになるにしてもやはり
ロッキーの存在は重要だと思います。
辛口評価ですが「可愛さ余って
憎さ百倍」なのです。
ここまで本当に自分勝手なこと
ばかり書いてきました。
誰も読んでいないブログ
だからこそ安心して書けます。
今年も映画館の座席からずっこける
ような傑作に出会えたらいいですね。






# by teruiso | 2024-02-21 03:21 | 映画ランキング(趣味の)

映画ランキング2023

明けましておめでとうございます。
昨年中は大変お世話になりました。
本年もよろしくお願いいたします。
昨年もまた好きな映画を観て
パワーをもらいました。
2023年の1年間に私が観た映画のうち
昨年公開(初配信)された作品限定で
全てをランキング形式でリスト化しました。
もちろん映画作品に順位をつけるべきではないことは
重々承知しています。
その日の体調でも変わってくることですので
あくまでも便宜上とご理解ください。
この映画ランキングの詳しい感想は後日に
このブログで出したいと思います。
皆さんの映画感想と比べてみてください。
下記のリストは
順位/タイトル/公開日/監督名
となっております。
1/オオカミの家/8月19日/クリストバル・レオン&ホアキン・コシーニャ/
2/パーフェクトデイズ/12月22日/ビム・ベンダース/
3/イーオー/5月5日/イエジー・スコリモフスキ/
4/アフターサン/5月26日/シャーロット・ウェルズ/
5/ザ・ホエール/4月7日/ダーレン・アロノフスキー/
6/シャドウプレイ完全版/1月20日/ロウ・イエ/
7/キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン/10月20日/マーティン・スコセッシ/
8/別れる決心/2月17日/パク・チャヌク/
9/クロース/7月14日/ルーカス・ドン/
10/クライムズ・オブ・ザ・フューチャー/8月18日/デビッド・クローネンバーグ/
11/ター/5月12日/トッド・フィールド/
12/せかいのおきく/4月28日/阪本順治/
13/ライオン少年/5月26日/ソン・ハイペン/
14/アクロス・ザ・スパイダーバース/6月16日/ホアキン・ドス・サントス /
15/ザ・フラッシュ/6月16日/アンディ・ムスキエティ/
16/ナイアド/10月20日/エリザベス・チャイ・バサルヘリィ&ジミー・チン/
17/逆転のトライアングル/2月23日/リューベン・オストルンド/
18/ミュータント・タートルズ/9月22日/ジェフ・ロウ/
19/ブルージャイアント/2月17日/立川譲/
20/聖地には蜘蛛が巣を張る/4月14日/アリ・アッバシ/
21/フォール/2月3日/スコット・マン/
22/コンパートメントNo.6/2月10日/ユホ・クオスマネン/
23/カード・カウンター/6月16日/ポール・シュレイダー/
24/エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス/3月3日/ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート/
25/グランツーリスモ/9月15日/ニール・ブロムカンプ/
26/フェイブルマンズ/3月3日/スティーブン・スピルバーグ/
27/パール/7月7日/タイ・ウェスト/
28/Saltburn/12月22日/エメラルド・フェネル/
29/ベネデッタ/2月17日/ポール・バーホーベン/
30/ボーンズ アンド オール/2月17日/ルカ・グァダニーノ/
31/アステロイド・シティ/9月1日/ウェス・アンダーソン/
32/アラビアンナイト/2月23日/ジョージ・ミラー/
33/ノースマン/1月20日/ロバート・エガース/
34/レッド・ロケット/4月21日/ショーン・ベイカー/
35/イニシェリン島の精霊/1月27日/マーティン・マクドナー/
36/エンパイア・オブ・ライト/2月23日/サム・メンデス/
37/崖上のスパイ/2月10日/チャン・イーモウ/
38/古の王子と3つの花/7月21日/ミッシェル・オスロ/
39/レンフィールド/11月8日/クリス・マッケイ/
40/ザ・クリエイター/10月20日/ギャレス・エドワーズ/
41/ハンガー/4月8日/シティシリ・モンコルシリ/
42/少女は卒業しない/2月23日/中川駿/
43/オペレーション・フォーチュン/10月13日/ガイ・リッチー/
44/ダンジョンズ&ドラゴンズ/3月31日/ジョナサン・ゴールドスタイン/
45/エア/4月7日/ベン・アフレック/
46/非常宣言/1月6日/ハン・ジェリム/
47/ペイン・ハスラーズ/10月27日/デビッド・イェーツ/
48/The Son 息子/3月17日/フロリアン・ゼレール/
49/ミーガン/6月9日/ジェラルド・ジョンストン/
50/愛にイナズマ/10月27日/石井裕也/
51/バービー/8月11日/グレタ・ガーウィグ/
52/ナポレオン/12月1日/リドリー・スコット/
53/フェアプレー/9月29日/クロエ・ドモント/
54/渇水/6月2日/高橋正弥/
55/シー・セッド/1月13日/マリア・シュラーダー/
56/ウーマン・トーキング/6月2日/サラ・ポーリー/
57/ミッション:インポッシブル デッドレコニング1/7月21日/クリストファー・マッカリー/
58/ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー/3月24日/阪元裕吾/
59/コカイン・ベア/9月29日/エリザベス・バンクス/
60/ダークグラス/4月7日/ダリオ・アルジェント/
61/カサンドロ/9月22日/ロジャー・ロス・ウィリアムズ/
62/君たちはどう生きるか/7月14日/宮崎駿/
63/メグレと若い女の死/3月17日/パトリス・ルコント/
64/ほつれる/9月8日/加藤拓也/
65/バビロン/2月10日/デイミアン・チャゼル/
66/ソフト/クワイエット/5月19日/ベス・デ・アラウージョ/
67/ドラキュラ デメテル号最期の航海/9月8日/アンドレ・ウーブレダル/
68/バイオレント・ナイト/2月3日/トミー・ウィルコラ/
69/ハート・オブ・ストーン/8月11日/トム・ハーパー/
70/スマイル/4月7日/パーカー・フィン/
71/苦い涙/6月2日/フランソワ・オゾン/
72/波紋/5月26日/荻上直子/
73/マッシブ・タレント/3月24日/トム・ゴーミカン/
74/ヴィレッジ/4月21日/藤井道人/
75/ちひろさん/2月23日/今泉力哉/
76/水は海に向かって流れる/6月9日/前田哲/
77/エンドロールのつづき/1月20日/パン・ナリン/
78/オットーという男/3月10日/マーク・フォースター/
79/ロストケア/3月24日/前田哲/
80/カンダハル/10月20日/リック・ローマン・ウォー/
81/サーチ2/4月14日/ウィル・メリック&ニック・ジョンソン/
82/ノック/4月7日/M・ナイト・シャマラン/
83/オオカミ狩り/4月7日/キム・ホンソン/
84/ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー3/5月3日/ジェームズ・ガン/
85/シン・仮面ライダー/3月17日/庵野秀明/
86/マルセル/6月30日/ディーン・フライシャー・キャンプ/
87/#マンホール/2月10日/熊切和嘉/
88/ベネシアフレニア/4月21日/アレックス・デ・ラ・イグレシア/
89/クリード3/5月26日/マイケル・B・ジョーダン/
以上です。


# by teruiso | 2024-01-01 00:25 | 映画ランキング(趣味の)

12月1日公開の映画「ナポレオン」について

映画「ナポレオン」を12月1日公開初日に観てきました。
2時間半を超える長尺でしたがナポレオン
の生涯を描くには短すぎました。
ナポレオンの人間性とナポレオンの戦果、
彼を描くには主題となる事柄が多すぎて
映画における焦点が甘いまま作品化
されてしまったように感じました。
このピンボケの焦点も鑑賞者各自がナポレオンについて
事前に知識をつけていたら
何を描いているシーンなのか理解できて、
この映画の感想も変わってくると思います。
伝記物の映画はリアル路線になればなるほど
この事前学習推奨の傾向にあります。
私自身もこの映画では部分的に惜しいなあと
思う場面があり、ナポレオンの人物像について
下記2つの特徴を補完しながら見ると理解が深まります。

「ナポレオンは数学が得意」
・通常4年制終了課程の数学高等学校を
 わずか11ヶ月で卒業した。
・かつての有名な絵画からナポレオンが
 指揮して勝ち続けたことに
 勇敢な騎馬兵のイメージがあるが実は
 大砲を使う戦術に特化していた。
・ナポレオンは大砲の弾道計算が得意で
 あったため成功を収めることができた。
 
「内向的で中二病だった」
・学生時代、田舎から出てきていたこともあり
 友達ができず一人読書をする時間が多く
 いじめられていた。
・妻となるジョセフィーヌというしたたかな
 女性にぞっこんとなり彼女にうまく扱われていた。
 年齢差が5歳ほどの姉さん女房だった。
・戦争で遠征している最中も従来の筆まめ性から
 恋文を出し続けている。
・戴冠式の冠を自分で自分の頭にかぶせる行動も
 子供じみている。
・自分の結婚式でもわずかな時間だけ会場にいただけで
 すぐに自分の部屋に戻っていったところから
 宴会が苦手だったよう。

大きく言えばこの2つの特徴を映画内で
もう少し詳しく描くことができていたら
観る者の共感を得ることが
できたのではと思っています。
この映画を観たときに戸惑う人がいたり
内容がつかめなかった人がいるとしたならば
大きな原因はナポレオンの
間違った人物イメージだと思います。
ナポレオンを皇帝という偉大な人物、
「完璧な好青年」として勘違いしていたら
感情移入が難しくなります。
その点で言えば今回のキャスティングは
絶妙であったと私は思っていて
この中二病のナポレオンの配役に
従来の中二病俳優のホアキン・フェニックスを
起用したことです。ホアキンがもつ
内向的なイメージが本当のナポレオン像を
補っていました。

私がこの映画の中で好きだったシーンを2つ。
ひとつはナポレオンがジョセフィーヌに宛てて
生涯沢山の手紙を送っていましたが、
恥ずかしくなるほどジョセフィーヌとの愛欲を
語った内容だったため、晩年に彼はそれら手紙を
回収しようとしますが既に従者に盗まれていて、
その事実にナポレオンが落胆する場面です。
その盗みのおかげでナポレオンの恋文は
後世の知るところとなるのですがとても気の毒です。
もうひとつ、この映画は皇帝ナポレオンが
周りから世継ぎを待望されて
妊活の努力をしたことも描かれています。
残念ながらジョセフィーヌとの間には
子供は生まれなかったのですが
そのためジョセフィーヌとはまだ相思相愛で
あるにもかかわらず離婚させられて
別の若い女性(オーストリア王の娘)と
結婚することになります。
その後、新しい奥さんとの子供ができたときに
嬉しすぎて別れたジョセフィーヌのもとへ
「やっと子供ができたよ」と赤子を見せに行くシーン。
ナポレオンがデリカシーが無く完全に人の気持ちを
思いやることができない人物だということが分かります。
ここまで語っただけでもこの劇場版では
時間が足りなかったと思っています。
この作品の制作はアップルTVによるもので
今後、ドラマ「ナポレオン」を配信するようです。
1時間ドラマを毎週何話も配信できるほど
長い脚本があり、そのドラマ全体分の撮影も
同時にされていたようです。
本来そんなに長い内容があったのなら
今日観た劇場版は配信版の総集編的なかいつまんだ
物足りない内容だったと言えるでしょう。
これは映画というコンテンツが
のちに配信されるドラマの予告編として
機能することになり、私たちはわざわざ
高いお金を出して映画館に配信サービスの
予告を観に行ってしまったということです。
これがうまくいけばネットフリックスも
これに続くでしょう。
「ナポレオン」がその第1作として時代に
刻んだ意味は大きいのではないかと思います。
これはMCUがディズニープラスで行っている
配信と劇場をミックスしたことと関係が深く、
何か悪い予感がしています。





# by teruiso | 2023-12-01 13:08 | 観た映画(展覧会や漫画なども)

概念の解体②「ハンドメイドの概念」

むかしむかし、
器作家がデビューするきっかけに
ギャラリーへの持ち込みが
最も多かった時期があり
今日はその頃の話から。
ある日、N駅で降りた私は憧れのB店へ。
店内に入り、やっぱりこのお店はいいなあと思い
お客さんもいなかったので
ぶしつけにも作品の持ち込のため営業の話をした。
すると店主は「話しはできるけど来年にはこのお店を
たたむので新規のお取り扱いはできない」との事。
それでもよかったらと器にまつわる話を
若輩者の私に語ってくれた。
この話がまさに手作りの概念を壊す内容だった。
店主は私の前に一枚の皿を持ってきて
このA氏は工房で多くのスタッフとともに作っていて
スタッフが作る器の製造ラインと
作家自身が作る製造ラインが器ごとにある。
お店の店主の立場では本来A氏の手による作品に
価値を見出さなければいけないのだろうが、
実は私はスタッフが作ったものの方が好きだ。
作品への熱の入り方が冷めていて
普段使っていても軽やかで好み。
逆に言うとA氏自身の手によるものは
熱がこもっていて何かが過多の気がするんだと・・・。
そのお店の常設では「A氏の手によらない
A氏の器」のみお取り扱いをしているらしい。
目からうろこだった。
私が陶芸を始めた頃、
弟子入りをしていた鯉江工房では
空いた時間に自分の作品を作って学んでいた。
主にろくろの練習で器を引いていたのだが、
先生は急に工房に現れて
「20個程度引いて満足しているようではだめだ、
器を作るときはまずは同じものを100個引いてみろ」。
沢山同じものを作ると作者の情熱が薄れていき
その形の角が取れていく、つまり作為が消えるらしい。
未熟な者が自分の作為で作っても酷い器にしかならない。
また、そのためには作為を消す工夫を
考えることも大事だと。
確かに先生はこの工夫にたけていた。
作業工程のなかに自分への罠を仕掛ける。
つまりはテクニックなど表面的なことを削いで、
思い通りの形を造形できなくする工夫だ。
最も使われた工夫は成形に便利な電動ろくろ
ではなく不便な蹴ろくろを使った成形、
ある時は粘り気がない土をあえて使って形がゆがんだり、
またある時はお酒を飲んで
酩酊状態でろくろを引いたり、
これはまさに「酔拳」。

100個の連続した作業を経ることで
自我が無くなり器の本来の姿が現れる。
まさにこれは職人が普段やっていることと同じで
かつて柳宗悦が名もなき陶工の器を
取り上げた民芸運動と同じことだと思う。
民芸とは作家性から逸脱した
道具としての器であり、
それは作り手よりも使い手中心に生み出されたもの。
やはりここでも「生活工芸」という
現在の陶芸メインストリームの
元ネタにつながったのである。
つづく

# by teruiso | 2023-10-10 13:24